いがっぺな日記

酔っ払いがその場で思った事を書いているだけm(__)m

初恋

テレビをつけたら、歌のバラエティで初恋の話をしてました。ふと思ったのですが、自分の初恋っていつ?という疑問が出できました。
 小学校の頃は、人気のある女子がいいと漠然と思ってました。中学校では、顔、スタイルが優先になり、高校では、プラス性格みたいな感じになっていました(自分の容姿、性格は鑑みない)なんだろ?なんか、自分の好みに当てはめた人を探していたのかもしれないし、見つけなければいけないという雰囲気に流されていたのかもしれない、、、、
 でも、自分の初恋って、いつだったんだろう? 決断が出来ず行動できずに、悶々としていたときがそうなのだろうか?でもそれは、初恋ではなく、自分の我を押し付けているだけなのだろうか?今になって思うところがあるのだが。まぁ、それはどうでもいいかぁ、、、、と思う今日この頃です。何故なら、先が見えているから😂 まだより、後が似合う年頃になってしまったのだから😅
 残りの人生、終わりまで楽しみもがいてみたいと思います😛

いろんな思い

思いは人それぞれです。自分は昭和の生まれの為、バイク、車の世代です。高校の時はバイクに憧れ、次は車です。当時はスポーツカーに乗ることが、最高のステータスだったのです。毎年出る新車、より性能のいい新車。当たり前のように、買い替える状態だったのです。いい車🟰モテる(勘違い)と思っていました。なので、新型が出るたびに買い替えを考えていました。時代が右肩上がりの時なので、誰も疑問に思わない時期でした。そんな訳で景気が沸いていた時期です。気持ちがハイになると全てが輝いて見えます。この状態がずーっと続くと誰も思っていました。でも、それは終わってしまいます。
山を登れば、必ず降りるのです。当たり前の事ですが、皆んな自覚したくなかったのです。 
いつまでも夢は見たいですよね?
残り少ない人生を迎えようとしているなら、名一杯抗って悔いのないように生きたいものです。(^-^)

遍歴

今回は、自分が乗って来た車について書きたいと思います。高校出てまず車を買うのですが(田舎なので交通手段がない😭)悩んでいる内に、友達がいいと思っている車を次々購入。結局あまり人気のない車を中古で購入。次はTVドラマの影響もあり、サブキャラの乗っていた車を購入(友達が主人公の車を購入した)その後、中古で欲しい車を買ったが、結婚したためファミリーカーに変更(本当は2ドアのスポーツカーが欲しかった)その後子供が生まれ奥さんの親も一緒に行動するために、ミニバンを購入。
 義理の両親も亡くなり、燃費重視のコンパクトカーに変更。孫も3人になり窮屈になる。
 そこで以前から欲しかったミニバンを中古で買う。燃費は悪いし、型式も古い。でも自分も歳であちこちガタが来てる。お似合いかも?😊
 同年代は亡くなったり、病気で苦しんでたり、色々大変だぁ。ならば、いつ終わるかわからない人生を謳歌してやる!と思う今日この頃です😅

余命

 お久しぶりぶりです。最近、知り合いの人が急に亡くなったり、病気になったりしています。 
 人は生かされていると言うことが、本当なのかな?とおもう今日この頃です。ならば、自分の寿命が尽きるまで抗い楽しみたいと思います。それには健康が第一ですが、そんな余裕はありません。とりあえず、3年前から欲しかった車を探してもらうと、予算よりかなり高く手直しする箇所がかなりありました。自分も体があちこちガタがきているので、同じかな?ある意味同じ境遇かなと思い購入を決意しました。 
 他に欲しい車がなく、この車に他ならぬ魅力を感じておりました。子供が小さい頃は、皆んなで乗れる車(嫁さんの両親)、その時の状況に応じて車を変えていました。今、孫たちができて皆んなが乗れる車が必要になったのです。(あくまで自分の思いだけですが)流行りに左右されず、燃費の悪い車種に決めました。後に発生するであろう費用を避ける為と、ズボラな性格の為、今回の車種に決めたのです。いつまで乗れるかわかりませんが、惚れた車ですトコトン付き合いたいと思います。惚れた女が大食い、ただそれだけです😊

思いは届かない

 お久しぶりです。今回は、自分が思う事が届かない事について考えてみたいと思います。 
 そもそも、こうしてあげたいという思いは、相手にとって迷惑そのものです。なぜなら、自分の欲望であり、願望が一致してないからです。
 自分が生きて来た環境状況が、現在では全く違う、意識が違う事により記憶にある事が正当ではないと思われるのが現実です。 
 未来は誰もわかりません。現在が正しいのか、間違ってるのか判断することが出来ないのです。なぜなら、判断する基準が人それぞれの為、迷ってしまうのです。そんな迷った人達が救いを求めてしまうのが宗教です。宗教に入信すれば、いま抱えている苦悩を棚上げにして信じる事で、問題から逃げていればその間だけは救われていると思うことで不安から逃れられるからです。 
 思いは人それぞれです、人の数だけ思いはあります。だから、交わることはないのです。ならば、その思いに寄り添う事が大事ではないでしょうか?綺麗事では出来ないと思います。 
 それなりの覚悟がないと相手に伝わらないと思います。非常に難しい事だと考えます。

まだと後

みなさんは、自分の今をどう捉えてますか?
まだ〇〇歳だから、先がある。いやもう〇〇だから後どの位だろう?と考える時があると思います。思わない人は、今が健康で何の疑問も持たない状態だと思います。この状態が寿命を迎えるまで続くと漠然と思ってるのではないでしょうか?ドラマではないけど、突然に体の状態が悪化する人がいます。自分の周りにも何人もいます。「何で?」と思うけど、原因よりも運命なのかな?と思ってしまう今日この頃です。自分も突然に病気になり、運良く生活ができる状態に戻りましたが、不安を抱えながら生きていかなければならない人がいます。3大疾病を患わっている人なら尚更です。
 そう考えると、人は生かされているのかな?と考えてしまいます。自分の意志ではどうならないのも事実ならば、運命に従うしかないのかもしれません。 
 まだ、と考えられる人、後と考える人。その時の年齢で考え方は変わるだろうけど、悔いのない人生を送れればいいんじゃないかな。
 楽しむことに、まだも後もないから。今を楽しめばいい、いや、楽しもう!その人なりに、、、😁

別れは必ずやって来る

ずっとバイクを乗ってきましたが、2年前に右腕を去年左目を患いバイクに乗り続けるのが難しくなってきました。このまま維持していくにも費用が掛かり、乗れる機会も少なくなってきました。出会いと別れは必ずやってきます。今がその時なのかもしれません。長年付き合ってきた相棒ですが、いよいよお別れです。ありがとう、いい人のもとに行ってください。自分はまだ世の中に別れたくないので、もう少しもがいてみます。😂