いがっぺな日記

酔っ払いがその場で思った事を書いているだけm(__)m

2番じゃダメなんですか?

昔、蓮○とかいう議員が言っていた言葉覚えてる方も多いと思います。当時、日本はトップクラスが当たり前の時代で、ある意味奢りを表した言葉だと感じていました。
昨今、色々な大会で1番よりも2番目の方が、注目を集める事が多々あります。その結果、1番よりも世間に知られる事になり、実質1番になっているのです。大会の役員の評価より、一般の賛同が優った結果であり世間の評価なのです。役員の基準は堅苦しい枠からはみ出ることがないことが評価されますが、世間ではそれを超えた感動、感性によって評価します。結果、枠にはまった中での一位、世間からの一位に別れてしまうのです。どれがいいかは言えませんが、演者がどれをもって満足するかで、決まると思うのです。見方には、必ず二つの見方が存在します。自分はどっちなのかによって、評価は別れるのです。自分の感性では、どうなのか?
ちょっと考えてみては、いかがでしょうか。

人生って

人生、人が生きると書く。つまり、生きていることが前提ですね。
人は誰でも自分の人生で、こうなるのかな?と思う事があると思います。ただ、思い通りにいかないのが人生!そこで、自分にどうプラスになるか、そういう考え方が出来るかが、その後の自分の未来に関わると思う。夢を見る事もいいけど、現在の自分をしっかりと見て、これからを考える事を少しでも持たないといけないと思う。現状がいつまでも続く保証はない。常に危機感を感じている事は必要なんじゃないかな?大袈裟でなく、最低限自分に関わることに対して自分で対処でくるぐらいの準備をしてもいいんじゃないかな?それでも子供達には迷惑を掛けてしまうんだから😖
まあ、これも人生。なるようなになれ!😂

偽造

世間では、製鉄会社や自動車会社の偽造問題が問題になっています。人がやること、うっかりはあると思うが、今回は部署絡み、組織絡みが問題になっています。
人は、間違いを起こしたとき自分をかばう為に色々な言い訳(正当化)を考えてしまうものです。それは「バレなければいい」とか、自分はうまくできるとか。常に都合の良いことばかりを期待してしまうのです。でも、その反面バレてしまうかも?と言う恐怖感も併せ持っているのも事実です。たぶんそこには、自分の中の良心が働いてるのかもしれません。
自分を守ると言うことは、自分を取り巻く環境。友人や関係者、とりわけ家族や親戚。いろんな人への波及を考えたとき、その人達に迷惑をかけたくないと言う思いもあるかもしれないが、一番守るべきは家族!それがなくして他はないと思う。家族を守れない者が家族を幸せにできない。そう思えば日々の行いが変わっていくんじゃないかな?そう思う今日この頃。
すいません、ちょっと酔ってました😓

運動会

秋晴れの運動会いいもんですね。
最近は、少子化に伴い地区との合同運動会が行われているみたいです。その中で来年の新入学児童による宝拾いも地区の年輩の方との合同になります。
新入学児童は元気一杯走り、宝をゲット。年輩の方はマイペース、焦りもなく人生はこう進む!みたいな独特の空気がみてとれます。
何事にもこうありたいものです🙂

趣味

趣味を持つことは、いいことだと思う。但し、周りや家族に迷惑をかけない範囲で!という条件で😄

 趣味がある事で、ストレスを発散する事が出来ると思う。意識してなくても心のリセットが自然に出来ているんじゃないかな?

 同じ仲間を通じて、自分を見つめ直すことが出来るかもしれないしね。

 趣味を通じて、いろいろ学べるかは自分次第。それが正解かはわからないけれど、そう考える事は自分にとってマイナスにはならないと思う。少なくとも今の自分よりは進化出来るんじゃないかな?😄

目標

人は何かしら目標を作っていると思う。仕事、勉強など。その目標は人それぞれ、大きいものやどうでもいいものなど、多岐に渡る。
ここで問題と思うのが、どこを目標にするか?と言うこと。たとえば、高校受験。ここなら入れると言われ頑張って入ってみると、勉強についていけない。なんてことはないだろうか?たとえば、その学校が地域では有名でも履歴書では、高卒に違いはないのではないのかな?
企業は、その人の能力(会社に貢献できる力)を期待しているのであって、その高校は判断の一材料としてみているのではないか?
自分が何をしたいか決めている学生は、少人数しかいないと思う。時期が来たら卒業という名目で追い出されるのである。
学生の最終目標は就職であるから、少しでもいい会社に勤めたいと思うのは、本人よりも親御さんの方である。ただ、学校では、求職の情報だけを与えて、決める事を迫る。とりあえずここでいいかぁ。なんて決めると後で辞めることになるかも。しかし、卒業したら在学ほど親身になってはもらえない。
本人は、就職なんてあまり先の事を考えないで決めている。それは仕方ないと思う。なんせ、転職をして就職するまで苦労をしたことがない。(安泰な公務員)そんな人が斡旋するのである。学生が世の中に出て行くのに。例えば、国民年金と厚生年金の違い、国民健康保険社会保険の違い。企業の福利厚生や待遇など、実際経験した人(特に転職など)じゃないと将来のアドバイスは出来ないと思う。
希望の高校、大学に入ることを目標にしてしまうと、達成したらあとは転落が待っている。山を登り終えたら降りるだけである。目標は自分の一生でどのように終えるかを考えて生きて行くことが大切ではないだろうか?まぁ、歳をとったから言えることではあるが、そんな話をまだ先がわからない、方向性も見出せない学生に真剣に教える時間があってもいいのではないか?いやむしろ必要と考える。学校は送り出すだけが目的であってはならない、過保護と言う温室から、いきなり厳しい現実に放り出されるのであるから。自己責任と言う理不尽な世界へ。

バイク

今の若い人はバイクに興味がない。高校で免許は取得できるだろうが制限されているのかな?爺いが若い頃は、バイク=不良という扱いであり、取らせない乗せない持たせない、いわゆる三ナイ運動が真っ盛り。当時、高校になったら免許とってバイクに乗るのが主流。そしてエネルギーの吐け口の一つとして暴走族が繁栄した。そんな需要もあるからメーカーも色々な車種を販売、パワー競争も当たり前のになっていった。その後バブル期になり、各メーカーも限定という名の豪華仕様(レーサーと同じ部品を使用)を当時で200万で販売していた。
当時は需要がかなりあったため、メーカーも色々な仕様で販売し、売れていた。しかし、三ナイ運動を含めバイクの熱は冷めていく、バイク免許を取れる年齢から2年過ぎれば普通免許が取れるのである。じゃ、別によくね?てな考えが出るのは当たり前。そして忘れてはいけないのが、親の環境だと思う。当時、普通車免許を持っていた親は仕事をしていて、家にいる奥さんは免許がない、そんなことが当たり前だった。だから、自力で移動する手段を探さなければならない。そこでバイクとなるのである。現在、ほとんどの人が普通免許をもっていて、送り迎えも出来る人は移動手段を迫られる必要がない。
そのような事も含め、現在はバイクの需要は極端に減っているため、メーカーも製造は人件費が安い海外で行っている事が多い。
現在、バイク業界を支えているのは、中年であるかもしれない。昔を思い出して旧車(見た目族車仕様)を求める仲間が集って走っている。また、バイクが集まる道の駅には、ヘルメットを脱ぐと、ハゲか白髪の奴が多い。これを見ても中高年がこの業界を支えているように思う。
バイク業界が衰退したら、規制を緩和する。高校も緩くなり原付ではあるが通学が許可されている。昔なら考えられないことである。また、大型バイクは750cc以上は国内販売は許されず、出力も2/3以下にしたまのしか販売できなかった。今はフルパワーでも当たり前のように販売されている。売れなくなったらこれか?
ただ、言えることは需要が少ないため高価になっていること。高いから買えない。売れないから価格が上がる。、、、イタチごっこだね(´Д` )